あなたの知らないレゲエの王様 ボブ・マーリーに教わる職場のメンタルヘルス対応術

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Bob

レゲエの王様、ボブ・マーレーは言った

“One good thing about music; when it hits you, you feel no pain.”

「音楽のいいところって、音楽で殴れば、人を傷つけないところだよな(概訳)」

・・・と。

心からほんとにそのとおりだな、と思う

しかし、それが言葉だと、人はとても簡単に傷ついてしまう

言葉で殴ると、人を傷つけてしまう

“When words hit you, you feel pain” となってしまう

そして、言葉は時に、話した人にその意図がないときにさえ、人に痛みを与えてしまうことがある

ビジネスの現場において、職場において、オフィスワーカーのメンタルヘルスが問題になって久しい

なんて辛い世界にいきてるんだろう、うう、と思っている人もいるでしょう

Muse Bubble

でも、待てよ?

…と思う

誰かの理論によると、全ての人間の言語はもともと音楽からはじまったと聞いた気がする

もしそうだとすると、言葉は音楽の派生であり、会話は楽曲だということになるのではないか

もしそうだとしたら、ボブ理論を言葉にもあてはめることができるんじゃないだろうか

もしそうだとしたら、

たとえば、誰かにひどく強い口調で攻撃されたと思ったときでも、それはただの音楽だから、傷つく必要はない

Painを感じる必要はない

ヘヴィメタルな言葉を受けたとしても、もしそれが音楽ならば、音楽としては心地よい

気持ちいい

グランジロックのようにしゃべる人もいるし、

ジャズな雰囲気たっぷりにしゃべる人もいるし、

変拍子のプログレで話す人もいる

バッハのように話してるつもりだけど
「シェーンベルクみたい」と言われる

スノッブ過ぎる?

なんだかんだ言って結局最後は昔懐かし
気楽なフォークソングでしゃべりたい

Trenchtown Rock [Analog]
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本記事冒頭の言葉は このTrenchtown Rockという曲の冒頭から入ってくるリフレインの歌詞の一部でもあります

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麦茶とバレンタインに学べばOK!?すぐに使える事業ブランディングのガチノウハウ

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記念日と麦茶に学ぶ、市場ポジションのつくり方

バレンタインデー

マーケティング史に残る大成功の見本みたいなもんですな

最初にどこの誰がこれを仕掛けたのか、なんてのは諸説あるみたいですが、

「2月14日に、ご婦人方が殿方にチョコレートを贈る」

・・・だなんていう突拍子もない習慣を人工的にこしらえまして、しかもそれを半世紀にわたってつづけてるなんてのは大した快挙であります

はじまりは1970年代だったみたいです

このお国のチョコレート業界が一丸となって仕掛けたこのキャンペーン、なにがすごいって、それまで無かった“新しい当たり前”を作っちまったわけですよ

もっとも、最近じゃ「本命チョコ」よりも「友チョコ」だの「自分チョコ」だのが幅をきかせてましてね

「本命」という言葉も、そのうち死語になるんじゃないか、なんて声もちらほら聞きますけども・・・

それでもですよ、2020年代に入っても、年間のチョコ販売額の約1割は、このバレンタイン絡みっていうんですから・・・いやはや、商業キャンペーンとしては、いまだにとんでもないパワーを持ってるわけで

もはやキャンペーンってより、年中行事 — いや、文化にまでなっちまった好例といえるでしょうね

Choco

江戸のマーケター達

似たような話、歴史にもあるんじゃねぇか? 

とさかのぼってみましたら、

江戸は後期に、これとよく似た

ぴったりの例がありました

土用の丑の日にはうなぎを食べる」って風習です

これが生まれたのは、安永・天明年間(1772〜1788年)の頃だそうで

巷間まことしやかに囁かれている説じゃぁ、発明家の平賀源内先生が考えたんだとか、いやいや、狂歌師の蜀山人の発案だとか

まぁ確かな証拠はありゃしませんが、

どうもその時分の江戸じゃ、夏場になるとどうも鰻の売れ行きが落ちるってんでね

そこで、「本日、土用丑の日!」と大書きした看板を出そうじゃないかというのがもっぱらの見立てです

で、これが見事に当たりまして、それ以来、

夏のうなぎが年中行事として定着しちまった、というわけです

これぞまさにマーケターのしごとですな

記念日マーケティングをしかけている、って意味じゃバレンタインとまったくおんなじわけで、

おいおいこりゃプロだぜ、

プロのやりくちだぜ、とあいなるわけです

Unagi Eel

現代の怪物イベント「独身の日」

さて、時はくだって現代に目をやりますと、

これまたとんでもない記念日マーケティングがございます

中国はECの大手、アリババさんが仕掛けた「独身の日」ってやつですな

日付の1が四つ並ぶ11月11日、この並びが“独り者”を連想させるってんで、「じゃあこの日を盛大に祝っちゃおう」とやったのが始まり

中国では光棍節(こうこんせつ、guāng gùn jié)、あるいは11が二つで通称「ダブルイレブン」て呼ばれてるとかなんとか

これがまぁ、記念日を祝いましょう、だけじゃ済まされない

大セールも大セール、特大の大セールにしてしまったんで、国じゅうが買い物に沸く日になっちまった

2020年なんざ、11日間のセール期間で8兆円以上売ったっていうんですから、まさに“買い物のオリンピック”でございます

2021年作成のグラフ 独身の日GMV(2020年については11/1〜11/11の期間)

そして現れる「麦茶」

ここまでの話は「知ってる知ってる」って方も多いでしょう

じゃあもうひとつ、

もっと身近で、

もっと定番で、

しかも

誰もが無意識にひっかかってちゃってる

っていう大成功マーケティングの例を出しましょう

それが

・・・

・・・

・・・

麦茶です。

いやいや、笑っちゃいけません

 

これがまた、よくできた話なんです

麦茶ってね、飲んだことありますか、奥さん

そりゃあるわ、

っておっしゃるんですが、

あれってあらためていったいなんなのか、ってもうしますと、

麦茶ってのは麦を煎って煮出した汁のことでして、

茶葉はひとかけらも入ってないんですね

つまり、これは本来「茶」じゃあない

なのに名前が麦茶だから、不思議と「お茶のお仲間さん」として扱われている

みなさん、麦を煮出した汁をね、

夏になると、毎日「Tea please〜」なんていって冷蔵庫あけて飲んでるわけです

こっちも、いい気になって、「はいワタシはお茶でございますよ」なーんてすましがおしてるわけです、麦茶の野郎は

そんで、我々もね、

「コーヒーにする? お茶にする?」なんて聞いて、

「あぁ、お茶ね、お茶は緑茶か麦茶かどっちがいーい?」なんて普通にあたりまえに話してますけども、

これ、名前に、たまさか「茶」なんてついてるもんでね、

お茶は、緑茶か麦茶か、どっちがいーい?」なんて言っちゃってますけどね、

冷静に考えてみりゃ、麦茶は茶とまったく関係ない飲み物なんで、

「コーヒーにする? お茶にする?」

「ああ、お茶ね、お茶は緑茶かコーラかどっちがいい?

っていってるのと大して変わらないんですな。

はい、お茶ね、っていってコーラがでてきたら、

うっ

ってなって、

もうこの家にお邪魔するのはよしとこう、くわばらくわばら・・・

ってなるわけです

でも、だーれもそんなこと言わない

だーれも変だと言い出さない

これはなぜか?

・・・

・・・

そりゃ最初に誰かが“麦茶”って名づけたからですよ

これが全てです

もしこれがね、

たとえばそうだな、

麦茶じゃなくて「麦汁(むぎじる)」だったらどうですか?

「お茶にする? むぎじる?」

…えぇ、ちょっと遠慮します、ってなるかもしれませんわねぇ

麦茶戦略は理論的にも裏付けあり

この「麦茶戦略」、実は経営戦略論的にも裏付けがあるんです

マーケティングの世界じゃ「ポジショニング」だの「カテゴリーデザイン」だの呼ばれてましてね

アル・ライズさんとジャック・トラウトさんの『ポジショニング』では、「お客の頭の中の棚をどこに取るか」が肝心だって言ってます

麦茶はまんまと“お茶の棚”を取ったわけです

ポジショニング戦略
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アル・ラマダンさん他の『Play Bigger』(邦訳版「カテゴリーキング」)って本じゃ、「市場カテゴリーを自分で設計し、その王者になれ」と言ってます

カテゴリーキング Airbnb、Google、Uberは、なぜ世界のトップに立てたのか
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ロバート・チャルディーニせんせの『影響力の武器』では「ラベルの貼り方ひとつで認知が変わる」と

影響力の武器[新版] 人を動かす七つの原理
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セス・ゴーディンさんは「何と比べられたいかを自分で決めろ」と

THIS IS MARKETING 市場を動かす
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そんなようなことをいってらっしゃって、

まぁ、麦茶はまさに、お茶と比べられるように自分の場所を選んだんですな、と分かるわけですけども

この、セルフカテゴライズといいますか、まぁ、自分らをなにに分類するのかは、自分たちが何ものかを示すブランディング、マーケティング活動の中で重要な根っこなんですよ、と

共通してそんなところがありますわな

それぞれ違うことを言っている部分もあって、

わたしらROCKETSなんかは、

Product Market Fitとか、ベンチャー事業(スタートアップや成熟企業の新規事業含む)のプロダクト開発における顧客開発なんかもセルフカテゴライズが致命的に運命を分けていくので、そういった観点から、このあたりの話、大きくアップデートできるんじゃないかと思ってるんですが、それはまたの機会にでも、ということで

興味ある方はいくつか本を読んでみてもいいかもしれません。

ごまかしじゃなく、未来を呼び寄せる

こういう戦略、一歩間違うと「実態以上によく見せるだけ」ーーと思われがちなんですが、そうじゃない

特に新しい会社や新規事業の初期は、「今できること」と「将来なりたい姿」にどうしても差がある

そこで、「自分たちはこういう存在になるんだっ」と旗を立て、その枠組みで自分を語る

すると、それに共鳴して応援するお客さんやお仲間や投資家さんが現れる

そして、その応援が積み重なって、気づいたら宣言どおりの姿に近づいていくこともあるんですな

だからこれは“ごまかし”じゃなく、“未来を呼び寄せる磁石”でもあるわけで

不完全でも嘘ではないのなら、あとは誠実に未来を目指して有言実行する覚悟があるかどうか、です

WeWork ― 麦茶戦略の光と影

わるい例もとりあげとかなくちゃいけんでしょうな

ある意味、この麦茶戦略を大規模にやったのが、2010年にアメリカで生まれたWeWorkという会社だったわけで

この衆、しゃれおつ〜なオフィススペースを貸す会社なんですが、

わたしらレンタルオフィス屋ですわ」とは言わなかったんですな

代わりに

コミュニティ型ワークスペース

働き方を変えるプラットフォーム

と名乗ったんです

当時はAirbnbやUberなんか、テクノロジー×シェアリングの会社が投資家にモテてましてね

WeWorkはその文脈に自分を置いたおかげで、評価額がみるみる膨れ上がり、ピーク時には約470億ドル(5兆円)。世界中に支店を広げました

ところが2019年、上場を目指して出した資料で、巨額赤字や経営体制の問題がドサッと露見、IPOは中止、評価額は急落、2023年には破産法の適用申請、と

光と影、両方を見せた事例になっちまったわけです。

「自分たちは不動産屋じゃない、働き方を変える会社だ」というセルフカテゴライズで、あそこまで資金も人も集めた事実が確かにあったわけです

ただし、そこにあまりに大きな嘘があったし、

誠実に有言実行していく御仁でもなかった…

そんなわけでの狂想曲だったわけです

WeCrashed ~スタートアップ狂騒曲~(TV番組)
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いろんな例をあげてきましたけども、

おんなじ物でも、それを何だといって名乗るのか、

それは何のカテゴリーだといって名乗るか、

それによって未来が変わる――麦茶はそれを教えてくれてるんですな

・・・

さぁしゃべりすぎてのどが乾いて参りました

ここらで一つお茶を、

いやいや麦茶をいただきましょう


麦茶をのむたびに

そんなことをかんがえて、

おいしくいただきましょうね

(おしまい)

まとめ

  • バレンタインや土用の丑の日は、人工的に作られた行事が文化に変わった例
  • 独身の日は、現代でも同じ構造で成功した超大型マーケ事例
  • 麦茶は、「茶ではないのに茶として認識される」というセルフカテゴライズ戦略の傑作
  • 名前・分類・ラベルづけは、商品価値と市場ポジションを大きく変える

マーケティングはただの販促テクニックではなく、人々の頭の中の地図を書き換える、長期的な文化形成の作業。

次に何かを売り出すとき、あなたはそれを「麦茶」と呼ぶか、「麦汁」と呼ぶか。その選択が、未来の売上を決めるかもしれない。

おまけ(後日会話)


Marcy
Marcy: 「麦茶おもしろかったわ、事業開発において自分をどうカテゴライズするかの重要性みたいな話はまた別途やりたいね」
Go
Go: 「ありがとう、そうだね、また別途 ROCKETS RADIOでやってもいかもね」
Marcy
Marcy: 「で、それはいいんだけどさ、今回Goさん、口調が なんかオジイじゃない?」
Go
Go: 「ははは、ちょっとやってみたくなっちゃってね」
Marcy
Marcy: 「はっはっは、ってその笑い方がもうオジイだもんね。何かに似てると思ったんけど、あれだわ、水戸黄門だ」
Go
Go: 「えー、そんなことないよ」
Marcy
Marcy: 「ふぁっふぁっふぁ、って水戸黄門だわ。それだわ、水戸黄門の笑い方だわ、ふぉっふぉっふぉ、ってやつ」
Go
Go: 「いや、だんだん変わってきてるし、ふぉっふぉっふぉって言ってないし」
Marcy
Marcy: 「いやー、今日ひとつわかってすっきりしたわー。水戸黄門だねー」
Go
Go: 「うーん... そうかなぁ(ちょっと不服)」

つづく

アイデアのスイッチ!
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人間を最も殺した動物は本当に蚊なんだろうか?(それとも人間?)

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豚型蚊取り線香

カがキになる!

こんにちは

8月20日は「蚊の日」だそうです

そんな日があるんですね

ということは間もなくモスキートウィーク、て感じでしょうか

 

今日は蚊が気になる!という話です

 

蚊の日が定められた背景には、蚊の脅威に関する広報という要素があるとおもいます

蚊が媒介する マラリア・ジカ熱・デング熱 が原因でたくさんの人が亡くなっており、このために、蚊は「人間を最もたくさん殺した生き物 第1位」と言われているそう

この話をきいて「もしかして….」と思ったのは

Go with a question

・・・

・・・

本当の第一位は人間なのではないか?

ということ

最初の統計には人間を含めてないだけで、もし人間を含めたら、人間を最も殺しているのは人間では?・・・つまり戦争/戦闘による死の方が蚊による死よりも多いのではないか!?

そこで

・・・調べてみました!

まず、蚊に関する質問に答えてくれたのがこちらの本

“A Human History of our Deadliest Predator”
(”最も危険な捕食者”から見る人類史)

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蚊と人類の歴史について研究した本

この本によると、

これまで存在した人類1080億人の内、およそ半分にあたる520億人は蚊に殺された

とのこと。

Go with an exclamation

・・・・

・・・・

さすがに 520億人はすごすぎる!

さすがに、いくらなんでも、人口の半分を殺し続けている戦争はないだろうと思われるので、これを信じるならやっぱり、第一位は人間ではなくて蚊だということになりそうですな

では、もっと最近だけで考えるとどうなんだろうか?

たとえば直近100年間だけで比較したらどうなのかと思い、調べてみた!

データで見る 蚊 vs 人間

それでは、

まずは蚊による死者数を調べてみよう

国連やグローバルなリサーチ機関が公開してくれているデータというのは結構ありまして

たとえば

WHOベクター媒介性疾患 (病原菌や寄生虫によってヒトに起こる疾患) に関する調査データのページや、その他いくつかのソースを見ると、

蚊が媒介する疾患による死者数は毎年およそ70万人くらいのようです

つづいて、人類の戦闘による死者数は、というと

Our World in Dataに統計があった

この2つのデータを重ねてみてみよう

そうすると・・・

なんと… 接戦だ!

蚊による死亡者数の青い線を仮にモスキートラインと呼んでみよう

すると、人間が人間を殺した数が、このモスキートラインを超える時期がいくつかある

1つ目の山は・・・第一次世界大戦

2つ目の山は・・・第二次世界大戦

そう考えると、人間の脅威が蚊の脅威を超えていた時期を世界大戦と呼ぶのかもしれない

ただ、第二次世界大戦後も、何回かモスキートラインを超えている

第二次世界大戦直後から1951年までの時期に山があるけれど、

この山にふくまれていそうなのは以下

  • 朝鮮戦争
  • インドネシア独立戦争
  • インドシナ戦争
  • ギリシャ内戦
  • 印パ戦争
  • 中東戦争
  • パレスチナ紛争
  • ミャンマー紛争
  • 東トルキスタン紛争
  • チベット紛争

また、1971年と1975年にもモスキートラインを超えている

この時期に含まれていそうなのは以下

  • ベトナム戦争
  • 中東戦争
  • パレスチナ紛争
  • ミャンマー紛争
  • ラオス内戦
  • ローデシア紛争
  • チャド内戦
  • 北アイルランド紛争
  • フィリピン紛争
  • ヨルダン内戦
  • カンボジア内戦
  • カシミール紛争
  • キプロス紛争
  • ナミビア独立戦争
  • レバノン内戦
  • 東ティモール侵攻
  • アンゴラ内戦

こうしてみると、こんなに戦争ってたくさんある(あった)んだな、と思ってしまう

モスキートもヒューマンも

医療技術の発展と医療系サービスの進化によって、

蚊による死者数はどんどん減っていってほしいと思う

そしてこの歴史の今後これ以降は、人間が第1位とならないよう、モスキートラインを超えないまま0に向かっていってほしいなと思いますね

2022年-2025年の情報更新

この記事を最初に書いたときは2021年の8月で、まだ、ロシア・ウクライナの戦争がはじまっていないときでした

Munn face of Go

そこから現在までの期間にあった戦争・紛争は

大規模な戦争として

  • ロシアによるウクライナ全面侵攻(2022年〜現在)
  • イスラエル・パレスチナ(ガザ戦争/ガザ侵攻)(特に2023年10月以降激化)
  • ミャンマー内戦(2021年〜現在)
  • エチオピア内戦(ティグライ・アムハラ紛争)(2020年〜2022年、再燃含む)
  • スーダン内戦(RSFと政府軍の衝突)(2023年〜現在)
  • マリ・ニジェール・ブルキナファソにおけるイスラム過激派との戦闘(サヘル地域紛争)

他にも

  • アフガニスタン紛争(タリバン政権下でのIS等との戦闘)
  • ソマリア内戦(アル・シャバブとの戦闘、ケニアへの波及)
  • ナイジェリア北部・中部の宗教・民族衝突(ボコ・ハラム含む)
  • コンゴ民主共和国・東部紛争(M23など反政府勢力との戦闘)
  • コロンビアの反政府ゲリラ・犯罪組織との衝突(ベネズエラ国境地帯含む)
  • メキシコ麻薬戦争(カルテル間抗争・対政府戦)
  • イエメン内戦(フーシ派と政府・サウジ連合)
  • シリア内戦(政府軍、反政府勢力、クルド勢力、ISIS残党間)

その他 紛争として

  • インド北東部の武装蜂起(ナガランド、マニプル州など)
  • パキスタン国内の反政府武装勢力との戦闘
  • クルド関連紛争(トルコ・シリア・イラク北部)
  • イスラエルとレバノン(ヒズボラ)間の国境衝突
  • アルメニア・アゼルバイジャン衝突(ナゴルノ・カラバフ問題、2023年再燃)
  • ハイチ治安危機(ギャング勢力拡大による事実上の内戦状態)
  • カンボジア・タイ国境衝突(局地的)
・・・といったものがありました
 
人間にとって変わらず人間は脅威だということですね
 
 
蚊の脅威の方はこの数年の間にも色々な進捗があったようです
 
記事を抜粋してみます
 
どちらもビル・ゲイツの財団から支援を受けた団体によるもの
 

2023年5月25日
遺伝子組み換え蚊、感染対策の切り札に 米国で実証試験
子孫が繁殖できないようにした遺伝子組み換え(GM)蚊を使い、感染症の流行を抑える技術の実証試験が米国で始まった手がけるのは英バイオ企業のオキシテックだ。南部フロリダ州で最大7億5000万匹のGM蚊を放ち、効果を調べる最終実験を進める。数年以内に正式な販売承認の申請を目指す。

2023年5月25日
Target Malaria teamが進捗を報告
現在はヨーロッパの研究所で、雌の繁殖能力に影響を与える改変遺伝子を持つ遺伝子ドライブ蚊を保有しており、現在、有効性と安全性の研究を進めてる。数年で研究が完了する見込み。その後、規制当局から実験的野外試験の実施許可を取得する予定


このテーマに関連して

「新ロシア派プロパガンダが、ゲイツ財団はマラリアを拡散しているという誤情報を発信している」というニュース(朝日新聞:ゲイツ財団がマラリアを拡散? 偽情報が飛び交うアフリカ、背後にちらつくロシアの影

もあったりして、人の話と蚊の話がクロスオーバーするようなニュースだなと思いました

自然界に影響与えるものだから、慎重に進める必要があると思うけれど、もしこれが奏功したら、今後 数年から数十年というスケールで(人類史上はじめて)蚊の脅威が大幅に減少する道筋が見えるかもしないってことですね

一方で

人の脅威の方はまだ明確な解決の道筋は見えていません

2つの脅威を表す折れ線が高い位置でクロスオーバーしないように祈ります…

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宇宙速度

スピードの閾値

ロケットが地球の重力を抜け出して宇宙に飛び出すためには、毎秒11.2キロメートルという速度を超える必要がある。
それより低い速度で飛ぶ物体は、宇宙に飛び出すことができない。この”毎秒11.2km”は宇宙速度と呼ばれており、地球上に存在する全ての物体に、この物理法則が適用される。

不思議なことである。
自動車にのって、隣の町に向かうときは時速100キロで走っても、時速10キロで走ってもたどりつくことができる。
もちろん、時速100キロで走った方が早くつくけれど、時速10キロで走っても時間をかければいつかはたどり着く。

だけど、宇宙に飛び出すためには、必ず決まった速度以上を出す必要がある。
時間をかければ解決するという問題ではない。
毎秒11.2キロメートルという値を超えない限り、
永遠に宇宙には飛び出せない。

「宇宙速度」という概念は、スピードが閾値(しきい値)を超えるか超えないかで全く事情が変わってしまう場合があるということを教えてくれる。

ワークスタイル

仕事をするときに考える

今自分は自動車を運転しているのか?
ロケットを飛ばしているのか?

仕事を作業と考えるのであれば、マイペースでじわじわ働けばよいし、それでもいつかは作業を終えることができるが、自分自身を今のレベルから脱却させるためには、つまり、宇宙に飛び出すためには、絶対的なスピードが必要となる。
自分のレベルを超えていくためにはロケットにならないと行けない。

毎秒11.2キロを超えるために
今日も自分のエンジンを爆発させる。

アイデンティティ

前近代

アイデンティティという概念が生まれたのはそんなに昔のことではないらしく、近代化以降のことらしい。日本だったら明治以降のことだと思う。

江戸時代の人に、「お前は何者か」と聞いたらどんな答がかえってくるか。

きっと「俺は、○○村の○○の里の百姓やってる○○の三男で・・・」
というように、生まれについて話をするだろうと思う。
近代化以前は、百姓に生まれついたら死ぬまで百姓だった。とても不自由な時代だけど、でも、「お前」は何者か?と問われることはなく、個人への説明プレッシャーは無い時代だったとも言えるかもしれない。

近代化後

近代化以降状況は変わる。

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アイデンティティ

近代化以降変わったのは、多くの人が「職業選択の自由」を手にしたこと。職業選択の自由が生まれると、自由であるが、逆に言うと職業を選ばないと「いけない」ようになった。そこで悩みが発生する。子供時代を終えて社会に出るとき、自分は何者として社会にエントリーするのか、決めないといけない。生涯で一度悩む。俺は算盤が得意だから銀行員として社会にエントリーしよう、なんて考えたりする。この一度の悩みの時期。モラトリアムの誕生である。

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所属によるアイデンティティの獲得

生まれではなく、自分が選んだ所属先で自分を説明するようになった。
そして、この形はその後も続いていると言っていいと思う。

近代に入って大量に生まれた「会社員」の人たち、特に無期雇用で働いている人たちは、このモデルの典型だと思う。高校3年生とか大学4年生の前後で悩むけど、職業を決めたら、会社を決めたら、安定する。

アイデンティティクライシス

しかしこのモデルは最近怪しくなってきていると思う。定年は短くなり、寿命は伸びた。会社の定年後も人生は続くようになって、この形は安定ではなくなった。

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クライシス

会社辞めたあと、「いったい俺は何なんだろう」と60代、70代の人はつぶやく。それを見て、その下の世代の男女も不安になる。定年を意識し始めた50代も同じようなことを言う。

自分が社会人始めたころのバリバリのエースだった人達が、今、定年に近い年代にさしかかっている。「私は何者なんだろう」と言っている声を実際に聞く。元気ない姿も目にする。定年クライシスだ。

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若くてもクライシス

このクライシスは50代以降に限らない。
同世代もクライシスを迎えている人がいるように思うし、そして自分の後輩の世代でもたちも同じようにクライシスしている姿を見る。40代も30代も20代もクライシス。

50代後半の先輩から、「中沢くん、俺っていったい何者なんだろう」という相談のつぶやきを聞いた日の同じ日の夜に20歳の同級生(* 昨年は大学に通っていた)から、「中沢さん、私っていったい何者なんでしょう」というつぶやきを聞く。世代問わず共通した課題であるようだ。

クライシスの背景

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この変化をもたらしている背景には以下のような要素があるように思う。

✓ 終身雇用じゃないのが当たり前
✓ 市場価値プレッシャー
✓ SNSで見える化(強調化)される同年代の活躍 
✓ 大人になってもつづくレジェンドプレッシャー(ペイジシフト)

転職しようとすると、これまでの会社名ではなく、「自分」にはどんな市場価値があるのか?と聞かれるし、「お前は何者か?」を問われることになる。
自分について説明しろというプレッシャーを強く感じることになる。
また、SNSで他人の活動が見えやすくなったことにより、自分も人に説明しやすいような何者かにならねば…というプレッシャーを感じることになる。

ペイジシフト

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Page shift

「何者かになりたいプレッシャー」にも変遷がある。これを ペイジシフト と呼びたい。
もともとは、友人がなにげなく「昔はみんなジミーペイジに憧れたけど、今はみんなラリーペイジに憧れてる。ペイジシフトだね」という感じで言っていた言葉。
でも、実際このシフトは大きなシフトだなと思い、ずっと頭に残っていた。

昔の憧れの代表例、ジミー・ペイジは、レッドツェッペリンというレジェンドバンドのギタリスト。
別にこれが別のスターでも、尾崎豊でもよいのだけれど、とにかく昔はロックスターをレジェンドとして熱狂する人たちがいた。
このロックスター型の熱狂の特徴は、「若き日のハシカ的熱狂」という風に整理されやすいこと。「10代のときは俺もロックギタリストに憧れたもんだ、でも20代になって髪を切ってスーツを着て今は真面目に働いています。」…という整理。自分の回顧の青春ストーリーの中では胸を熱くする存在として蘇るが、普段働いているときの自分の生活に入り込んでくることはない、そんな存在。

それがシフトしている。みんなの憧れの典型例がラリー・ペイジ(Google創業者)にシフトしている。Googleを創業してしまうような偉大な起業家に憧れて熱狂する人たちがいる。この起業家型の熱狂の特徴は、「若き日のハシカ的熱狂」という風に整理しづらいこと。
だって、10代を過ぎて、20代でも50代でも何歳でも起業はできるから。「あの時の俺は若かったからね」なんて回顧のストーリーに閉じ込めることはできず、ラリーの幻影は常に生活に入り込んでくる。「ていうか今からでもがんばりなよ」というセルフツッコミが聞こえてきてしまう。
今からでも「自分が何かすごいやつ(レジェンド)にならなければならない」、そんなプレッシャーを感じさせられてしまうのだ。

まあ、極端なたとえだし、半分冗談で言っている。

もちろん、人によって、「憧れの人」は違うわけだけれど、なにか一つの典型としてジミー型とラリー型を想像すると、両者は、大人になってからの自分へのプレッシャー度が違う気がする。ラリー型の憧れを持つと、プレッシャーを手放しにくい日々を送りがちな気がする。

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つまりこれ。

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現代人、みんな大変だよなと思う。自分を説明せよ、というプレッシャーが強くなってきているように感じる。
終身雇用の時代に、終身雇用の会社に就職した人は、自己紹介に悩むことがなかったんじゃないかなと思う。会社名を言えば、それが自分の説明になっていた。

所属で語るアイデンティティにしっくりこない

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「お前は何者?」という問いに対して、「私は・・・です」というとき、会社で働いている人だと典型的には、「○○社の✕✕です」と答えることが多い。社会人の自己紹介はたいてい名刺交換から始まるし、自然な流れで事故初回のファーストラインは、所属(会社名)になる。

だが、市場価値プレッシャーや、レジェンドプレッシャーを感じて生きている人は、この所属で説明する自分に、自分自身がピンと来ないという問題が起きがちなんじゃないかと思う。

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江戸時代や終身雇用の時代に比べたら、個人へのプレッシャーがどんどん強くなっている時代だけど、同時に、どんどん自由にもなっているわけなので、せっかくのこの時代の良さを味わって生きたい。

ビジョン式アイデンティティ

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そのための方法として、「私は・・・・がやりたい人です」という形で自分のアイデンティティを認識する方法をおすすめしたい。

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この「やりたいこと」式は、所属式と全く違うというわけではない。所属は依然として重要な自分のアイデンティティの一部だ。
もともと、自分を説明するたくさんの要素(たくさんのハッシュタグ)がある。熊本県出身、元サッカー部、ヒップホップが好き、落語が好き、営業職、心理学に興味がある、○○社に所属している・・・そういうたくさんあるハッシュタグを全て説明しきれればよいが、それを他人に伝えるのは大変なので、自分のいくつかの要素をくくって、シンプルにまとめる必要があるときがある。そのとき、一番上に持ってくるものを何にするかという点が違う。
色々あるけど結局「私は○○社に所属する者です」と説明するのか、あるいは「私は・・・がしたい人です」と説明するか。
もちろん会社の人間として会うときは○○社の○○ですという説明になるが、個人として関係性を作りたいときは「私は・・・がしたい人です」を上位にもってきた説明をすることができる。
その場合、「私は・・・がしたい人です。そして、いまこういう理由で/こういう思いで、ここに所属しています。」となる。

「・・・したい人です」式がおすすめな理由

この方式は、以下のような点からおすすめだと思う。

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たとえば、僕がどこかの先進的な学校の校長先生と話してもりあがったとき、「あ、たしかA君は “AIを使って公教育をイノベーションしたい”ということ言ってたから、この校長先生をA君に紹介したおもしろいかもしれない」と思う。

ある人が「・・・がしたい人」だというのが分かっていると、その人に紹介したいと思う人が増える。逆に言うと、「・・・がしたい人」だと表明している人は人の紹介を受けやすいと思う。また、「・・・がしたい人です」という自己紹介から話が深くなり一回会っただけでも深い関係性を作ることができる。そういう意味で、人のつながりをつくりやすい。

また、学習効率がとても上がると思う。
自分で自分を「私は・・・がしたい人だ」と認識していると、日々のちょっとしたニュースや、日々の色々な人のやりとりの中でも、自分に関係のある情報をひろいあげていくことができる。流れて消えていくような事柄の中にチャンスを見つけることができる。

自分にとってコントローラブルだというのも大事だと思う。
会社名や所属する部門、割り当てられた職種は、自分でコントロールできないし、自分の意志と無関係にある日変更されたり、なくなったりする。
一方、「私は・・・したい人です」式の場合、自分自身がゆらぐわけではない。

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ではどうやったらそのように生きられるだろうか。
その参考に、2つのレジェンドの例を見てみたいと思う。孫さんとジョブスさん。ビジネスパーソンの中では共にレジェンドであり、2大アイドルのように思っている人も多いと思う。

孫さんとジョブスさん

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孫さんは常々「登る山を決めよ」と言っている。人生をかけて自分がいったい何をなさんとしているのか、まず最初にこの志を決める、ということを重視している。50カ年の計画を立てて、60代でここまで行きたいから、50代でここまで実現し、そのために、40代でこれをする、そのために30代でこれをする、そのために今これをやっています・・・といった形でゴールから逆算で考えて行動する、という逆算思考もはっきりしたものだと思う。ゴールを先に決めるという意味では演繹的であり、トップダウン的と言えると思う。

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一方、もうひとりのレジェンド、ジョブスさんはなんて言っているか。2005年にジョブズ氏がスタンフォード大学を卒業する学生の前でおこなった有名なスピーチで、 “Connecting the dots” という話がある。彼はこのスピーチの中で、

将来を見越して点をつなぐことはできない。振り返ってつなぐことしかできない。だから将来何らかの形で点がつながると信じることだ。勇気、運命、人生、カルマといった何か。それが何であれその何かを信じることだ。それが人生に大きな違いをもたらすのだ。

Steve Jobs’ 2005 Stanford Commencement Address

と言っている。先を見通して計画を立てるな、と言っているように思う。人に説明しやすいようなもっともらしい計画よりも、もっと自分の直感的な何かを信じて行動する。なぜかはわからないが、ある日ふと過去を振り返ってみると、これまでやってきたことが輝いてつながっていることに気づくのだ、と言っているように思う。対比的に言うのであれば、ボトムアップ的であり、帰納的であると言えると思う。

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真逆のメッセージ?

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両氏のメッセージは、言葉に現れた部分だけを見ていると、逆のことを言っているように見える。もちろん、何を強調するかの違いかもしれないし、本人同士が話せば、違いと同じくらい共通点を見出すかもしれない。
でも、言葉にあらわれている部分だけ見ると逆だ。
身の回りにいるビジネスパーソンの中には孫氏とジョブズ氏を同じようにリスペクトし、崇拝する人が多いが、両氏のメッセージの「逆ささ」を指摘する人は少ないように思う。

両立?

両氏の気持ちを勝手に慮って代弁することはできない。ただ、両氏のメッセージにインスピレーションを受けて、自分自身がどう考えるかという点を加えて考えると、この両方のやり方は両立できるし、それが自分を含む多くの人にとっておすすめなやり方なのではないか、と思う。

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上記の図のとおりの両立のイメージである。孫式とジョブズ式を行き来するようなイメージ。これが良いのではないかと思う。
これはつまり何を言っているかというと・・・

β版としての言語化からはじめよう

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まずは自分個人のビジョン・志を定め、それを言語化する。
「登る山を決める」と言う、孫さんの考え方に通ずるやり方だ。

ただし、ここでは、あくまでこれを「β版」としている。

「生涯かけて」「私は」「本当に」「これが最終的なゴールだというつもりで」、そういうつもりでビジョンを定めるような「山」だと言うと、動けなくなる人が多いと思うので、そういう風に考えなくていいですよと言ってあげたい。

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正しさにこだわって考え込みすぎると動き出すのが難しくなる。
そういう状況の人、いるのではないだろうか?
1年たっても2年たっても、「今は自分の登る山を考えています」。3年たっても4年たっても「まだ分かりません。考えています。」
・・・となっている人、いないだろうか?

僕はそんな風に考えなくて良いと思う。
β版でよいですよ、仮ぎめでよいですよ、と言ってあげたい。
インターネットベンチャーのプロダクト開発における「初期仮説」みないなものに似ている。
まずは、最初の仮説を持って動き出すが、実際に人とあって話して考えたりしているうちに、仮説は変わっていく。あるいは自分がぼんやりもっていた仮説が研ぎ澄まされて、自分がやろうとしていることが何なのかがはっきりしてくる。
それと同じように、個人のビジョンもβ版仮説から始めたらよいと思う。

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そうすることによって、動きが始まる。
いったん言語化して、「私は・・・がしたい人です」と言ってみるところから始まる。
そして人に自己紹介して、話をしていくと、人からの反応を得ることができる。そして、共感などをうけて人のつながりが生まれていく。具体的な行動がはじまっていく。また、共感や批判などの反応を聞きながら、自分の中でビジョンの微調整が発生していく。
最初は「AIで公教育革命がしたい」という言語化をしていた人が、そうやってしゃべりながら行動を積み重ねる中で、「僕はどちらかというと 教師が学び続ける環境をつくりたい、そのためのプラットフォームサービスをつくりたいんだ」という風に変化するかもしれないし、「わかりにくさとは何なのか、人によって分かりにくいと思う部分が違うのはなぜなのか、人間の理解の仕組みを研究したい」という風に変化するかもしれない。はたまた、つながった人から影響を受けてもっともっとぜんぜん違う個人ビジョンに変化するかもしれない。

いったん、言語化するという意味では、「登る山を決める」に通ずるが、最初に計画しすぎずに、ある程度直感的に行動しながら、あるタイミングで振り返って見直して、今までやってきたことがどういう意味を持つのか考えるという意味では「Connecting the dots」に通ずる。
この両者を行き来するのがよいのではないかと思う。

考えてみれば、最初に考えて決めきってから動けという「登る山を決めよ」も、最初にまったく決めずに直感にもとづいて動けという「Connecting the dots」も極端な表現であるように思う。
多くの人にとっては、その間がおすすめなのではないかなと思う。何か個人ビジョンを決めた方が動きやすい。でも、決めることにこだわりすぎると動きはじめられない。だから仮ぎめ(β版)で動き出す。そうやっていると個人ビジョンは、だんだん変わっていく。でもそれでよい。動いて、変わって、振り返って点と点をつないでみて、また動く。
「私は・・・をしたい人だ」という「・・・」の部分はだんだん変わる。しかしその変わり方、変わりっぷり、私ならではの変わり方の部分が、私らしいのだと自己認識して生きると、楽しく生きられるのではないかなと思う。
だから、もし自分がアイデンティティ・クライシスにいる、あるいはその予備軍の先輩・同輩・後輩に相談されたら、そんな生き方をおすすめしたいと思う。

動的に変わる自分の中に自分らしさ

まとめると、

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ということである。自分ができることと、社会からの要請の折り合いをつけながら自分は社会の中で存在しているが、「私は・・・がしたい」の言語化と変化という戦略をもって社会に参加することで、ある程度自分で自分をコントロールできている感覚を味わいながら楽しみながら生きることができるのではないかと思う。最終的に自分のアイデンティティがどこに着地するのかはわからない。しかし自分で選びながら自分が変わっていく感じの中に自分らしさを感じることができると思う。

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β版の個人ビジョンからはじまるプロセスは上記のようなイメージになる。
これは、元々は2007年頃に、社内SNSのコンセプトを表すために書かれた図だが、今になってみると、現代風の生き方そのものだなというように思う。
いったん個人ビジョンを言語する、そしてそれを発信する、発信して他の人と話すようになると、いろいろな意味で気づきが生まれるし、またつながりが生まれる。つながりが生まれると新しに行動が起こせるようになり、少し自分の個人ビジョンが変わる。そうするとちょっと違った内容でまた発信できるようになる。そこからまた気づきが生まれ・・・という繰り返しだ。

君の中は何種類もの生き物によって構成されている。
君がある方向へ一歩踏み出すのは、
その中の学習欲旺盛な一匹によるものである。
好奇心、それが君自身だ。

– リチャード・バック「イリュージョン」 村上龍訳

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自分の好奇心に導かれながら自分が変わっていく、自分が変わっていく部分も含めて自分らしい、と感じる。

会社(チーム)と個人

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ここまで個人が個人ビジョンをもって生きる生き方のススメについて書いた。では、人が複数集まって作る会社やチームのビジョンと個人のビジョンはどんな関係にあるか。どんな関係にあるべきか。

会社はビジョンをもつべきだと思う。参加するメンバーが一丸となって、One team, one vision で働く時、その会社やチームはパワフルで生産的なチームになる。
そのビジョンの前において、個人は「部分」となる。社長も含めて、すべてのメンバーは会社(チーム)のビジョンを実現するためにその一部を担うことになる。会社がこのようなビジョンを持つべきだという発想は、ベンチャーを中心に、一部の会社では当たり前のことになりつつあると思う。

そこからさらに進めて考えたい。

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すべてのメンバーは会社(チーム)は会社のビジョンを頂点と考えた時に、その一部となっているが、同時に、逆に、そのメンバー個人を上にもってきて、個人のビジョンを頂点としたときには、会社が、その個人ビジョンの一部になっているという関係性になる。

個人のビジョンはベータ版かもしれないが、何かしらの形で「私は・・・したい人です」というものが定義できたとき、その個人ビジョンの中で、いまこの会社に所属しているということの意味もまた評価できる。

会社のビジョンと個人のビジョンが完全一致しているわけではないのに、完全一致してしかるべきという建前にたってしまうと、どこかで無理がきたときに、愛憎が反転して、モチベーションを続けるのが難しくなると思う。
会社のビジョンと個人のビジョンは完全一致ではないが、しかし、個人のビジョンの中で確固たる意味があってえ今この会社にいるのだという整理ができて、そこに腹落ちがあるとき、その人は力強く働けると思うし、そういうメンバーで構成された会社というのは強く安定したチームになると思う。

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ゆえに、これからのビジョナリーカンパニーというものにとって、会社のビジョンを定義するというだけでなく、各メンバーが個人のビジョン(β版でよい)を言語化できるようにサポートすること、そして、その個人ビジョンの中で会社にいることの意味をどう定義できるかの言語化もサポートすること、その2つも合わせて実施していくことが重要になっていくのではないかと思う。個人のビジョンにおける会社の意味が、自分および周囲の人から理解されていると、今自分が頑張りたい理由もわかるし、将来的に個人ビジョンにおける現状が進捗したとき、前向きな意味で会社を去るときも、他メンバーの理解と応援を得やすいかもしれない。

そんな風にチームを運営したいなと自分自身思う。

まとめ

まとめるとこんな考え方について書いた。

・アイデンティティのあり方は時代とともに変わるもの
・所属を重視するアイデンティティのあり方は現代においては不安定
・ビジョン式アイデンティティのススメ
・β版の個人ビジョン(孫さん式とジョブス式の間を行く考え方)を持つススメ
・動的に変わっていく自分の中に自分らしさを感じると生きるのが楽しくなる

そして、最後に、そうやって、β版個人ビジョンを持ちつつ、変わっていく自分を楽しむ生き方を、会社としても応援できるはずだという考え方を書いた。

個人が、個人ビジョンと会社の関係について定義できるよう応援するような会社がありえるとおもう。個人ビジョンと会社の関係について、自分なりに定義&腹落ちできているメンバーによって構成された会社は、この不安定な世の中でも、不安定な事業環境の中でも、比較的安定した強い会社になるのではないかと思う。

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